大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)56号 判決 2000年5月16日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成一〇年一二月一八日付け日記第二〇一号及び同第二〇二号をもってした、原告の神戸地方法務局須磨出張所平成一〇年一一月二〇日受付第四七八六四号及び同第四七八六五号の登記申請を却下するとの処分を取り消す。

第二事案の概要

原告は、原告が請け負い新築した別紙物件目録一及び二記載の建物(以下、合わせて「本件建物」という。)につき、所有者を原告とする表示登記を申請した(以下「本件登記申請」といい、その申請書を「本件登記申請書」という。)。被告は、本件建物が原告の所有であると確認できないことを理由として本件登記申請を却下した。本件は、同却下処分の取消訴訟である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実(3及び4の事実以外は当事者間に争いがない。)

1  原告は、平成一〇年一一月二〇日付けで、神戸地方法務局須磨出張所に対して、本件建物の表示登記の申請を行い、被告登記官は、神戸地方法務局須磨出張所同日受付第四七八六四号及び同第四七八六五号をもって受け付けた(本件登記申請)。

2  本件登記申請書には、原告の大阪支店の担当者及び本店の現場担当者の作成名義の建物所有権証明書(甲二の3、三の3)、工事完了証明書(甲二の4、三の4)、建築基準法六条の規定による確認のあったことを証する書面(以下「建築確認通知書等」という。)、上申書並びに株式会社舞子リゾート(旧商号・株式会社ウェザーリポート。以下「舞子リゾート」という。)作成名義の申述書(甲五の1。以下「本件申述書」という。)が添付されていた。

本件申述書には、本件建物の建築確認通知書の建築主は舞子リゾートになっているが、舞子リゾートから建築材料の供給がなされず、かつ建築工事代金全額が支払われていない(所有者を注文主とする旨の特約もない)ので、所有権は原告に帰属しているということで争いがなく、したがって、原告を申請人とする表示登記を申請することにつき異議なく承諾する旨記載されている。

また、これとは別に、原告と舞子リゾート作成名義の平成一〇年一一月付け確認書(甲六。以下「本件確認書」という。)も作成されている。本件確認書には、舞子リゾートは、請負代金が支払われていないことから、本件建物の所有権が原告に帰属していることを認め、請負代金が支払われるまでの間、原告の名義で保存登記をすることに同意し、原告は、請負代金が支払われたときには舞子リゾートへの所有権移転登記手続をするものとし、舞子リゾートの権利を保全するため、保存登記と同時に舞子リゾートに対し所有権移転請求権保全の仮登記をする旨記載されている。

3  担当登記官は、平成一〇年一二月一日、本件建物を実地に調査した(乙四の1)。

4  被告登記官は、本件登記申請に関しては建物の所有者を認定できないと判断し、平成一〇年一二月一八日、不動産登記法四九条一〇号の規定により本件登記申請を却下した(甲一の1・2)。

5  原告は、本件登記申請の却下に対し、平成一〇年一二月二六日付けで神戸地方法務局長に対し審査請求書を提出して審査請求をしたが、同地方法務局長は、平成一一年二月一二日、審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  当事者の主張

(被告)

本件登記申請を却下した処分は、適法かつ相当なものである。

1 建物を新築したときは、その所有者は不動産登記法九三条一項により、一か月以内に表示の登記を申請することを要すること、この登記の申請書には、同条二項により、「申請人ノ所有権ヲ証スル書面」の添付を要することとされている。

本件登記申請書に添付された所有権を証する書面は、建物所有権証明書、工事完了証明書、建築確認通知書等、上申書及び本件申述書であるところ、建物所有権証明書、工事完了証明書及び上申書は原告側が作成した書面であり、舞子リゾートが作成した本件申述書については、舞子リゾートが撤回すると主張している。

本件申述書は、原告の所有権を証する書面としては最も証拠力の高いものである。しかし、舞子リゾートの代表者Aが本件申述書を撤回すると言い出したことにより、その証拠力は低下し、その結果、本件登記申請書に添付された本件申述書以外の書面と証拠力の低下した本件申述書からでは、被告登記官は、申請人たる原告に所有権が帰属するとの一応の推認をすることができなくなったのである。

2 所有権の認定に当たっては、複数の所有権を証する書面の添付を要するものとし、加えて、土地家屋調査士が作成した実地調査書(建物)、登記官の実地調査の結果もその認定資料とする取扱いである。

担当登記官は、請負代金回収のための登記申請である旨原告から説明を受けていたことなどの本件登記申請に先立つ当初の登記申請(平成一〇年一〇月二〇日申請。同年一一月一二日取下げ。)の経緯から、本件建物の物理的な状況の確認及び所有権の帰属について慎重に調査する必要があると考え、平成一〇年一二月一日、本件建物を実地に調査した。本件登記申請の審査に当たり、所有権の認定につき、担当登記官が実地調査を省略できないと判断したのは当然であり、実地調査に際し、Aに原告の申請内容を伝え、同人から事情を聴取したことも相当である。

そして、担当登記官が実施調査の結果、所有権の認定に疑念が生じ、さらには、利害の対立する者が自らの所有権を主張することになったとしても、そのことは、当該登記申請に当初から問題があったからというべきであり、本件のように所有権の帰属に疑念があるような事案について、逆に、実地調査をせず、所有者と認められる可能性があると考えられる者に事情聴取をしなかったときは、担当登記官に注意義務違反による責任が生ずる余地があるのである。

(原告)

本件登記申請を却下した処分は、登記官としての判断を誤り、あるいは権限を逸脱したものであって、取消しを免れない。

1 本件建物の所有権が原告に帰属することは明らかであり、この点に関する被告登記官の判断には誤りがあり、少なくとも権限を逸脱したものである。

(一) 本件登記申請書に添付した舞子リゾート作成の本件申述書においては、原告と舞子リゾートとの間で建築請負契約が締結されて本件建物が建築されたものの、舞子リゾートは建築材料を供給しておらず、請負代金も全く支払っておらず、本件建物の所有権を注文者(舞子リゾート)とする旨の特約も存しないので、本件建物の所有権は原告に帰属することが明確に述べられている。しかも、本件申述書の署名押印欄は、舞子リゾートの代表取締役であるAが自署し実印を押捺したものであり、印鑑証明書(甲五の2)も添付されている。また、本件確認書においては、舞子リゾートは、本件建物の所有権が原告に帰属していることを認めるとともに、請負代金が支払われるまでの間、原告がその名義で保存登記を行うことを了承している。これらの書類は、権利に関する登記における登記原因証書に匹敵するものであり、本件建物の所有権が原告に帰属することは明らかである。

(二) 被告は、舞子リゾートは本件建物の引渡しを受け、占有(営業)しており所有権を有するとする右Aの主張を受け入れ、本件建物の所有権の確認ができないとの理由で原告の本件登記申請を却下したものである。

しかし、Aは、前記のとおり、本件申述書及び本件確認書において、本件建物の所有権が原告に帰属することを認めるとともに、請負代金が支払われるまでの間、原告がその名義で保存登記を行うことを了承しているのであるから、何ら正当な理由がないにもかかわらず、舞子リゾートが一方的に本件申述書及び本件確認書の内容を撤回することは許されない。殊に、本件申述書及び本件確認書は、舞子リゾートが本件建物の引渡しを受け、占有(営業)を開始した後において作成されたものであるから、舞子リゾートが今になって、「引渡しを受け、占有(営業)もしているから本件建物の所有権は舞子リゾートに帰属している」などと主張することが許される余地はない。

(三) 本件申述書及び本件確認書は、本件建物の所有権が原告に帰属すること及び本件建物の表示登記、保存登記を原告の名義で行うことを舞子リゾートが認めたもので、その内容において明確であり、かつ、印鑑証明書が添付され、舞子リゾートも実地調査の過程においてその作成を認めていたものである。

そうであれば、本件申述書及び本件確認書は、不動産登記法九三条二項にいう所有権を証する書面として極めて証明力が高いから、これを否定するのはよほどの理由がないとできない。

また、本件申述書及び本件確認書は、原告と舞子リゾート間において、本件建物の所有権が原告に帰属するものであること、また、これを前提として原告名義で表示登記及び保存登記をすることを合意したものとみることができるから、意思表示の瑕疵によって原告と舞子リゾート間の合意が無効となり、又は取り消されない限り、その証明力は失われないというべきである。

しかるに、被告は、単に舞子リゾートの代表者が本件申述書を撤回すると言い出したことにより、申請人たる原告に所有権が帰属するとの一応の推認をすることができなくなった旨主張するが、本件申述書及び本件確認書の内容、印鑑証明書の添付などの事情からして、単に撤回すると述べただけでその証明力が排除されるとは考えられず、被告の判断は誤っている。

(四) 本件処分の理由は、本件建物の所有権が原告に帰属することに疑義があるという点にある。

しかし、登記官は不動産登記法上、表示登記について所有権の帰属に関し実質的な審査権を有しているといっても、それは登記官が日常的に大量の登記申請を効率的に処理しなければならないとの制約を受けていることからしても、裁判所と同様な実体法上の権利の存否に関する詳細な事実認定及び法律的判断の権限を有しているものではない。すなわち、建物の所有権に関する登記官の審査の方法としては、登記官に申請の内容と実体関係とが一致していることについて裁判手続におけるような積極的確信ないしそれに近い程度の心証に到達することまで要求すべきではなく、申請者に所有権が帰属することが一応推認できる程度の心証が得られれば、登記官としては登記を実行すべきであって、それ以上に調査を行うべき権限も義務もないものというべきである。

しかるに、本件登記申請について、本件申述書及び本件確認書が存在するにもかかわらず、単に撤回するとの舞子リゾート代表者の主張を受け入れ、これらの文書の証明力を否定した被告の判断は、登記官の権限を逸脱するものである。

2 本件において、登記官が実地調査を行ったことは登記官の権限を越えるものである。

本件登記申請書に添付された原告の大阪支店の担当者及び本店の現場担当者の作成した建物所有権証明書並びに舞子リゾート作成の本件申述書は、本件建物の所有権が原告に帰属していることを強く推認させる極めて重要な資料であり、これらの書類を見て通常人が合理的に判断すれば、本件建物の所有権が原告に帰属することが一応推認できる。

ところが、被告は、これらの書類だけでは満足することなく、本件建物の所有権の帰属について積極的に調査し、Aが本件建物の所有権を主張するに至るや、本件建物の所有権が原告に帰属することに疑義があるとして、原告の本件登記申請を却下した。しかし、右建物所有権証明書及び本件申述書が提出されている本件において、それ以上に本件建物の所有権の帰属について積極的に調査を行うことは、登記官の権限を越えるものといわざるを得ない。したがって、そのような権限を超えた調査の結果、本件建物の所有権が原告に帰属するとこにつき疑義があるとして、本件登記申請を却下することは、違法である。

第三判断

一  前記争いのない事実等並びに証拠(各項掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の1ないし8の事実が認められる。

1  原告は、舞子リゾートから本件建物の建築工事を請け負い、これを建築完成して舞子リゾートに引き渡した。本件建物の建築確認における建築主は舞子リゾートであった(乙二の1・2、乙三の1・2)。舞子リゾートは、平成一〇年一〇月当時、本件建物をホテル、レストラン、店舗として使用していたが、本件建物の請負代金の支払は未了であった(乙四の1・2)。

2  原告は、平成一〇年一〇月二〇日、本件建物の表示登記の申請書を神戸地方法務局須磨出張所に提出した(同出張所同日受付第四四〇九二号及び第四四〇九三号)が、同申請書に添付された所有権を証する書面としては、建築確認通知書等のほかは、原告又は原告会社従業員が作成した建物所有権証明書、工事完了証明書及び上申書だけであった。

同月二九日、神戸地方法務局須磨出張所の担当登記官は、来庁した原告代理人のB弁護士に対し、本件建物の表示登記申請の場合、建築確認上の建築主が原告以外の者であるから、原告名義で登記する場合には、建築確認上の建築主である舞子リゾートの作成にかかる、本件建物の所有権は建築工事人である原告に帰属していることの証明書を添付するのが通例であることを説明した。その際、B弁護士は、本件建物は舞子リゾートの発注により原告が建築し、現在舞子リゾートがホテル、レストランとして使用しているが、工事請負契約書は作成されておらず、原告は工事代金の支払を受けていないので、工事代金の回収のために登記申請をした旨説明した。

原告は、舞子リゾートの証明書を得ることとし、同年一一月一二日、同登記官の指導に従い表示登記の申請を取り下げた。

3  原告は、平成一〇年一一月二〇日付けで、神戸地方法務局須磨出張所に対して、本件建物の表示登記の申請を行い、被告登記官は、神戸地方法務局須磨出張所同日受付第四七八六四号及び同第四七八六五号をもって受け付けた(本件登記申請)。

本件登記申請書には、当初の登記申請の際に添付された建物所有権証明書、工事完了証明書、建築確認通知書等及び上申書に加え、舞子リゾート作成の本件申述書(印鑑証明書添付)が添付された。

4  神戸地方法務局管内では、建物の表示登記の申請については、原則として登記官の実地調査を実施し、例外として、土地家屋調査士が作成した実地調査書を添付した申請については、登記官の実地調査を省略できるとする取扱いであった(乙一六)。

本件登記申請には、土地家屋調査士は関与しておらず、土地家屋調査士の作成した調査書は添付されていなかった。

5  担当登記官は、平成一〇年一二月一日、本件建物の物理的な状況の確認及び所有者の調査のため、本件建物を実地に調査した(乙四の1)。

(一) 本件建物の物理的な状況については、原告の常務取締役及び原告従業員の案内で調査したが、問題はなかった。

(二) 本件建物の所有者に関して、担当登記官は、舞子リゾート代表者Aからおおむね次のとおりの内容を聴取した。

(1) 原告側から、Aに対し事前に電話連絡があり、法務局の調査に対しては、なんでも、うん、うんと言ってくださいと言われていた。

(2) 舞子リゾートと原告間の本件建物建築に関する請負契約書は、簡易なものが存在したが、今手元にはない。

(3) 本件建物の工事代金は、原告から請求された金額が舞子リゾートの見込額を大幅に超えていたので、現在協議中であり、支払をしていない。

(4) 本件申述書は、工事代金の問題を解決するため別に作成した本件確認書に基づいて作成したものである(なお、この際、Aから本件確認書の写しを提供された)。

(5) 舞子リゾートは、本件建物建築に当たり、敷地所有者である神戸市と一〇年間の土地賃貸借契約を締結しているが、本件建物を原告名義で登記すると賃貸借契約がどうなるのか心配なので、神戸市と原告代理人のC弁護士に相談したいので、登記の実行は一時待ってもらいたい。

6  担当登記官は、実地調査時に原告の取締役に対してAから登記の実行を一時待ってほしいとの申出があった旨説明し、その了承を得て、本件登記申請の受否の判断を一時留保していたところ、翌一二月二日以降、同登記官に対し、A、舞子リゾートの代理人又は原告の代理人から、次のとおり、連絡、要請等があった。

(一) 平成一〇年一二月二日、Aからの電話(乙五)

Aから電話で、神戸市は、本件建物を原告名義にすることは、本件建物敷地に関する神戸市と舞子リゾート間の賃貸借契約に違反する可能性があり、違反するのであれば、本件建物の撤去を求めることも考えられるので、弁護士に相談する旨言っている、原告代理人C弁護士の説明と相違するので、一度C弁護士に連絡したい、なお、本件申述書の取消しもあり得ると連絡してきた。

(二) 同月三日、Aからの電話(乙五)

Aから電話で、原告代理人C弁護士が、神戸市のいうような本件建物の撤去などはあり得ない、本件申述書の取消しには応じない旨言っていると連絡してきた。

(三) 同日、Aからの電話(乙六)

Aから電話で、神戸市の弁護士の判断を待っている、原告との間の本件確認書はその内容に疑問が生じているから、舞子リゾートの弁護士と相談するので、登記の実行は待ってほしい、場合によっては、原告と所有権について争うようになるかもしれない旨連絡してきた。

担当登記間は、Aに対し、神戸市との問題は本件登記申請と直接関係がない、舞子リゾートが本件建物について所有権を主張するのであれば、その旨記載した書面を提出願いたい、本件登記申請の処理は当該書面が提出された時点で判断する旨伝えた。

(四) 同日、Aからの電話(乙七)

Aから電話で、弁護士に相談したところ、本件確認書等は当初からおかしいのではないか、早く撤回するようにと言われたので、原告代理人C弁護士に連絡する、その結果、弁護士間の話となるかもしれないが、早急に対処するので、登記実行を待ってほしい、本件申述書の撤回等については、来週早々に文書で提出したい旨連絡してきた。

(五) 同日、原告代理人B弁護士からの電話

原告代理人B弁護士から電話で、本件登記申請の処理の見通しを尋ねられたので、担当登記官は、Aからの一連の申出等の内容及び本件登記申請の処理を保留していることを伝えた。

(六) 同月四日、Aからの電話(乙八)

Aから電話で、弁護士と相談した結果、本件申述書の撤回を来週後半に須磨出張所にお願いすることにした旨連絡してきた。

(七) 同日、舞子リゾート代理人弁護士からの電話(乙八)

舞子リゾート代理人弁護士から電話で、本件建物の請負工事仮契約書には、建物は完成後七日以内に引き渡すと明記され、舞子リゾートへの引渡しが完了しているから、来週早々、原告に対し、本件申述書を撤回し、所有権は舞子リゾートにある旨を明記した文書を送付する、須磨出張所へは、右文書の写しを添付して、本件申述書を撤回し、所有権は舞子リゾートにある旨記載した文書を提出する旨連絡してきた。

(八) 同月八日、原告代理人C弁護士が須磨出張所に来庁

原告代理人C弁護士が来庁し、申請書及び添付書類が完備していて実地調査も完了した本件登記申請について、事後的に、添付書類である本件申述書の撤回の申出があったとしても、いったん認めたものを撤回する行為が法律的にどうなのか考えてもらいたい、原告は、本件登記申請を取り下げる意思はなく、却下するなら審査請求をするので、二、三日中に結論を出してほしいと申し入れた。

(九) 同月一〇日、担当登記官からAに電話(乙九)

担当登記官がAに電話で文書の提出を催促したところ、Aは、舞子リゾート代理人弁護士が原告代理人C弁護士に対し、本件申述書を撤回し、舞子リゾートは本件建物の所有権を主張する旨はっきり記載した文書を送付したので、その写しを送付すると答えた。

(一〇) 同日、Aからファクシミリ送信(乙一〇)

Aから、舞子リゾート代理人弁護士が原告代理人C弁護士に送付した右(九)記載の同月八日付け文書の写しが須磨出張所に送信された。

右文書の内容は、本件確認書に基づく保存登記手続は、美津濃株式会社の問題を解決するための便法としてのものであり、また、舞子リゾートの所有権移転請求権保全の仮登記と同時に行うことになっているのに、今回の原告の本件登記申請については、美津濃株式会社の問題を解決する目的を逸脱する動きがあるやに仄聞しており、保全仮登記手続も行われていないので、本件申述書は撤回する、本件建物については、仮工事請負契約書が作成されているのみであり、これによれば、引渡しの時期は完成の日から七日以内とされていて、本件建物は既に完成して舞子リゾートに引き渡されており、また、神戸市との土地賃貸借契約書では譲渡・転貸は一切禁止されているので、本件建物の所有権は舞子リゾートにあると考えざるを得ない、というものであった。

(二) 同月一一日、Aからファクシミリ送信(乙一一)

Aから、原告と舞子リゾート間の本件建物についての仮工事請負契約書の写しが須磨出張所に送信された。

7  同月一五日、担当登記官は、再度の実地調査を行い、Aから事情聴取をして次のとおりの回答を得た(乙四の2)。

(一) 土地所有者の神戸市との間で美津濃株式会社を代表企業、舞子リゾートを構成企業として賃貸借契約を締結した上、舞子リゾートが建築確認を受け、原告を工事施行者として本件建物を完成させた。ホテルの外にある店舗(物件目録二記載の建物)については、平成一〇年四月一日に舞子リゾートが引渡しを受けて同日から営業を開始し、ホテル(物件目録一記載の建物)内のレストランについては、同年七月四日に引渡しを受けて同日から営業を開始し、ホテル自体についても、同年九月一日に引渡しを受けて同日から営業を開始しているが、原告からクレームがあったことはない。

(二) 工事代金については、仮工事請負契約書において完成後一括払となっており、原告から工事代金の請求があったが、舞子リゾートの当初予定額を大幅に超えていたため、双方で協議中である。

8  被告登記官は、本件登記申請に関しては建物の所有者を認定できないと判断し、平成一〇年一二月一八日、これを却下した。

二  そこで、右一認定の事実を前提に、まず、本件建物の所有権の帰属についての被告の判断について検討する。

1  建築材料の一切を請負人が支給し請求代金の前渡しもされていない建築請負契約によって完成した建物については、その所有権は、特約のない限り、完成した建物が注文主に引き渡された時点で注文主に移転するものと解される。

右一認定の事実によれば、本件建物は、舞子リゾートの注文により、請負人である原告が建築したものであり、既に完成して注文主である舞子リゾートに引き渡されているというのであるから、右説示に従い、その所有権は、特約のない限り、右引渡しの時点以後注文主である舞子リゾートに帰属するものと解される。そして、本件においては、舞子リゾート作成の本件申述書(甲五の1)並びに原告及び舞子リゾート作成の本件確認書が存するが、前記一認定の事実によれば、本件申述書については、舞子リゾートは、実地調査以後、これを撤回する旨主張し、本件建物につき自己の所有権を主張するに至っており、本件確認書についても、舞子リゾートの代表者Aからの事情聴取によればこれに基づいて作成したという本件申述書を右のとおり撤回する旨主張するに至っている以上、本件申述書等から直ちに、本件建物の所有権が引渡しの時点以後も原告に帰属するとの特約があったと認めるに足りないというべきであり、他に本件建物の所有権が原告に帰属することを認めるに足りる証拠はない。

2  原告は、舞子リゾートが一方的に本件申述書及び本件確認書の内容を撤回することは許されず、意思表示の瑕疵によって原告と舞子リゾート間の合意が無効となり、又は取り消されない限り、その証明力は失われないというべきであるから、舞子リゾートの代表者が単に撤回すると述べただけでその証明力が排除されるとは考えられない旨主張する。

建物の表示の登記は、本来、登記官が職権をもって調査してなすべき登記であるから(不動産登記法二五条ノ二)、登記申請書に添付される所有権を証する書面は、登記官が申請人の所有権を推認するための資料にすぎず、権利に関する登記における登記原因証書とはその意味を異にする。本件登記申請において、原告の所有権を証する書面として添付された書面のうち、原告に所有権が帰属していることを認める内容の舞子リゾート作成の本件申述書が、本来資料としてもっとも証拠価値を有するのは明らかであるが、本件申述書は、印鑑証明が添付され成立の真正が認められるとしても、もとより契約書のような処分文書ではなく、舞子リゾート代表者のAが事実関係についての認識を記載した書面であるから、当のAが本件申述書の内容を撤回し、本件建物の所有権は舞子リゾートにある旨被告に対して述べている以上、本件申述書の資料としての証明力は低下したものといわざるを得ない(原告に所有権が帰属していることを認める内容の書面[本件申述書]とその内容を否定する旨の陳述が併存することになる。)。そして、本件確認書についても、原告主張のように本件建物の所有権が原告に帰属するものであることを合意したものと一応みることができるけれども、舞子リゾートが本件建物の所有権を主張していることに照らすと、本件確認書から直ちに本件建物の所有権が原告に帰属していると認定することは困難といわざるを得ない。

3  以上の認定判断と同旨の被告の判断は相当というべきであり、被告がこの点に関する判断を誤り、あるいは権限を逸脱したとする原告の主張は理由がない。

三  原告は、本件において登記官が実地調査を行ったこと自体について、登記官の権限を超えるものであると主張する。

登記官は、土地又は建物の表示に関する登記の申請があった場合において、必要があるときは、土地又は建物の表示に関する事項を調査することができる(不動産登記法五〇条一項)。この実地調査は、土地又は建物の物理的な状況だけでなく、その所有権の帰属についての調査を含むものであり、これを行うか否かは、登記官の自由な判断にゆだねられているが、全くの自由裁量というわけではなく、その判断が客観的にみて合理的と認められるものでなければならないと解される。

前記一認定の事実によれば、神戸地方法務局管内では、建物の表示登記の申請については、原則として登記官の実地調査を実施し、例外として、土地家屋調査士が作成した実地調査書を添付した申請については、登記官の実地調査を省略できるとする取扱いであったが、本件登記申請書には土地家屋調査士作成の実地調査書は添付されていなかったこと、建築確認上の建築主は原告ではなく舞子リゾートであるのに、当初、舞子リゾート作成の本件申述書を添付することなく表示登記の申請がなされ、これが取り下げられ、その後本件登記申請がなされたこと、本件登記申請は、原告の舞子リゾートに対する工事請負代金請求権保全のためのものであると推察されることなどの事情から、被告において実地調査を行ったものと認められ、右事情、及び建物の表示登記によって登記簿の表題部に所有者として登記された者は、以後いつでも自己の名義による所有権保存登記を申請することができる地位を取得するから(不動産登記法一〇〇条一項一号)、所有者の認定については特に慎重な審査を要すると考えられることに照らせば、実地調査の必要性は優に肯定されるところである。

そして、前記一認定の事実によれば、実地調査の結果、本件建物の物理的な状況については問題がなかったものの、所有者の認定について疑義が生じ、結局、所有権が原告に帰属すると認定することができなかったものであるが、だからといって、実地調査を行ったことが不合理であるとは到底いうことができない。

そうすると、実地調査についても被告に権限を超えたとか、裁量の範囲を逸脱した違法があったとはいえず、原告の主張は採用することができない。

四  以上によれば、被告が不動産登記法四九条一〇号の規定により本件登記申請を却下したことに違法はない。

第四結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 大竹貴)

裁判官 田口直樹は、転補につき書名押印できない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例